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令和6年 能登半島地震 応急復旧隊派遣参加

2024年3月19日

 今回の活動場所は石川県七尾市であった、住宅や店舗の倒壊が複数件あったものの街は機能しておりコンビニやスーパーも通常営業していた。

七尾市で一番の被害は水道及び下水道であり発災直後から水道は全戸断水していた。取水施設・送水管・配水池・配水管・給水管と水道施設のほとんどで被害があり全面復旧にはかなりの時間を要することになった。

今回の派遣は発災後1ヶ月半での現地入りでした。1班が現地入りした時点で5~6割の復旧。2班が現地入りした時点で7割ほどが復旧していました。しかし、下水道の復旧が追い付かず水道は復旧したが下水に水を流せずトイレが使えない状態であった。町のドラッグストアやスーパー、保育園・幼稚園などの敷地内に仮設トイレが設置してあり近所の住民はその仮設トイレを使用している状態であった。 私たち派遣隊はトイレカーを用意していたので困ることはありませんでした。 現場付近の住民にもトイレカーを使っていただけるよう「ご自由に使用してください。」と貼紙をし、付近住民も使用していました。 私たちはヘルメットに「釧路市」、安全チョッキに「釧路市管工事業協同組合」、車には「災害復旧支援隊 北海道釧路市」と記載されているため、住民に挨拶に行くと「北海道の釧路市から来られているんですか?遠くから本当にありがとうございます!」と涙を浮かべながら感謝されました。 もうすぐ断水から2か月になろうとしていて住民のストレスも限界まできてると思われるのに感謝の言葉が出てきた時には私も胸が熱くなりました。 私が挨拶しに行ったすべての住民の方に同じように感謝されました。その言葉を聞くと「一日でも早く復旧させたい。」「2件でも3件でも多く復旧作業をしたい。」「完全復旧まで作業を続けたい。」と心から思いました。 しかし、2月28日をもって北海道支部の復旧支援活動の終了を伝えられました。とても悔しい思いでいっぱいでした。

2月29日は活動予定でしたが28日で終了したので29日は輪島市まで視察を行いました。 七尾市より北に進むにつれ被災度が増していくのが分かりました。輪島市まで高速道路がありますが規制されており40~50km/hで進みました。高速道路では反対車線が崖に落ちて無くなっていたり、10㎝くらいの段差がいたるところにあり、夜通しの復旧作業なのか夜間照明が何十台も待機してありました。 1時間40分くらい走り輪島市に入りました。そこは目を疑うような光景でした。 発災後2か月になるのに全く手つかず状態で、倒壊した家屋、隆起した人孔、倒れた電柱、まともな家屋を探すのが大変なぐらいでした。 そして土砂災害現場ではまだなお行方不明者の捜索が行われていました。 輪島市の朝一も行きました。報道などで見てはいましたが、現地で直接見ると言葉が出ませんでした。 令和6年1月1日 午後4時10分までは新年を迎え活気にあふれ、家族だんらんでお正月をお祝いし新しい年への期待を膨らましている矢先に起きた地震。 自然の力は壮絶でした。

言葉がふさわしいかわかりませんが「明日は我が身」です。北海道道東地区もM8.0クラスの地震が来る可能性が高まっています。 釧路もどんな被害が発生するかわかりません。おそらく古いビル・家屋の倒壊は多数発生し震源地によっては大津波が発生するでしょう。 私は東日本大震災でも応急給水派遣に参加しました。 2つの災害派遣で被災地をみてきましたが、まず自分や家族の命が最優先だと思いました。とにかく安全な場所に逃げる。高いところに避難する。 それには訓練が必要だと思います。

認定証

▲復旧支援行動予定表
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